1) |
妊産婦とタバコの害について |
|
近年、男性の喫煙率が激減している一方で、女性の喫煙率は11〜15%と横ばい状態である。ただし、若い女性の喫煙者が増えているのが目立つ(20代15.9%、30代16.8%)。妊婦の喫煙率は10年前では6%であったが、10年間で約2倍(10%)に増加していた(平成12年の全国調査より)。24歳以下の若い妊婦の喫煙率が高く、特に10代の妊婦は3人に1人(34.2%)が喫煙しているという状況であった。
親が喫煙していると子どもが将来喫煙する傾向が高くなる。とりわけ母親の喫煙は子どもとの接触時間が長くなるため、受動喫煙(副流煙)による悪影響を及ぼしやすい。また、自分自身もせっかくの美貌がタバコ1本で25mgのビタミンCが消費され、コラーゲン代謝も悪くなることで肌は老化し、シミやしわも増えて“喫煙者顔貌”となってしまう(有名な双子の写真)。
妊娠中の喫煙は子どもの身体にも知能にも悪影響を及ぼす。妊娠初期の喫煙は影響が大きく、ニコチンは胎児の脳を傷つける。知能低下や多動、発達障害、問題行動などのある「育てにくい子ども」となるリスクが高まり、虐待につながりやすくなる。喫煙者と非喫煙者の妊婦から産まれた子どもが成長した11歳のときに身体能力や学習能力、読解力を調べてみると、どれも喫煙者の子どものほうが劣っているというデータもある。
妊娠すると約7割の妊婦が禁煙するということは評価できる。しかし、出産した後で安心して再喫煙してしまうことも多く、このことを防止するための継続的な禁煙支援が必要である。
|
2) |
間接喫煙の害と子どもへの影響 |
|
※ |
副流煙と主流煙の害の強さについてマウスの実験のビデオ映像が流れる。副流煙を吸わされたマウスは主流煙を吸わされたマウスよりも早く6分前後で痙攣をおこし、副流煙のほうが明らかに毒性が高いことが示された。 |
間接喫煙については、妊婦の周囲の人(特に夫)に禁煙を勧めることが必要である。妻の妊娠で夫は換気扇の下でタバコを吸ったり、ベランダで吸う“ホタル族”となることが多いが、実はあまり効果は期待できない。衣服についた煙や喫煙者の呼気からの有害物質が影響するからである。非喫煙家庭の子どものニコチン蓄積量と比較した報告からは、親が同じ室内で吸った場合15倍で、換気扇の下は3倍、ドアを開けて戸外で吸った場合2.3倍、ドアを閉めて戸外で吸った場合でも1.9倍の蓄積量が認められた。
子どもへの間接喫煙の影響として、歯科関連では歯肉にメラニンが沈着し、虫歯が増えるなどの影響がみられる。実際の歯科での臨床経験からも、母親がタバコを吸っていると、子どもに虫歯が多いと感じることがある。間接喫煙により唾液の緩衝作用や自浄作用が低下して虫歯ができやすくなることや、母親の健康意識や家庭環境も影響するからではないかと考えられる。
最近の調査では、小中学生の喫煙率は減ったが、「初めての喫煙年令」が低年齢化していることが報告されている。両親が喫煙者の場合、小学生の間に喫煙を始める子どもが多く、子どもは大人より短期間でもニコチン中毒となりやすいので、低年齢化していることは大問題である。
|
3) |
ニコチン依存のメカニズムと禁煙補助薬 |
|
喫煙によってニコチンを身体に入れた場合、脳内ではニコチンがアセチルコリンレセプターと結合してドーパミンが出て、「幸せ」だとか「リラックスできる」と感じてしまう。しかし、ニコチンは刺激が強いのでレセプターが【α2β2ニコチンレセプター】に変化してしまう。変化したレセプターにはアセチルコリンが結合できずドーパミンが出にくい状態となり、幸せな気分を感じにくくなってしまう。ドーパミンが出ないと不安で落ち着かない気分になって、ニコチン不足がイライラを引き起こすようになる。ニコチン依存の状態になると、ニコチンを身体に入れドーパミンを出して幸せな気分を味わいたいと思うようになる。このような渇望感はタバコを吸った時のみ解消され、また吸ってしまうという悪循環に陥ってしまうのである。実は、タバコによって解消されるのはニコチン不足のストレスだけで、全てのストレスから開放されるわけではない。そして、タバコを吸ってもニコチンの血中濃度が下がってくると、30分くらいでまた吸いたい気分になってしまう悪いサイクルが繰り返される。喫煙はまさに病気=中毒症なのである。
「ニコチンパッチ」は常に貼っておくことで持続的に低濃度のニコチンを供給してくれるので、タバコを吸わなくてもいい状態になり、パッチの濃度を徐々に減少させながら禁煙が達成できる。また、「チャンピックス」は【α2β2ニコチンレセプター】に結合して、ニコチンがレセプターに結合することを邪魔する。さらに「チャンピックス」によっても少量のドーパミンが放出されるので、幸せな気分も満足させてくれるのである。禁煙外来ではこのような禁煙補助薬をうまく使用して5割以上の人が禁煙に成功しているそうである。
|
4) |
タバコの口腔内への影響 |
|
喫煙者は、口腔がん、歯周病、虫歯などにかかりやすく、喫煙者独特の口臭や舌苔、歯肉のメラニン沈着などが認められる。ニコチンによる末梢血管の収縮作用が、歯周組織の血流量減少を引き起こし、組織代謝や免疫機能が低下して歯周病が進行しやすくなる。喫煙は歯周病の第一のリスクファクターである。重度の歯周病で、仮に28本の歯全てに5〜6ミリの歯周ポケットがあれば、その総面積は大人の手のひらサイズぐらいにもなる。歯周病は単に口腔内だけの問題ではなく、糖尿病、心臓病、誤嚥性肺炎などの全身疾患にも関連し、妊婦では早産・低体重児出産となる危険性が高まることが報告されている。
妊娠期は女性のライフステージの中で、虫歯や歯周病が発症・進行するリスクが非常に高まる時期であるといえる。つわりによって歯磨きが不十分になりやすいことに加え、亢進した女性ホルモンが影響して歯肉が赤く腫れ、出血しやすくなる(妊娠性歯周炎)。
歯周病細菌であるインターメディア菌は、亢進した女性ホルモンを栄養源として増殖する。歯周病局所由来の細菌毒素やプロスタグランジンなどの炎症性物質が血行性に進入し、子宮平滑筋の収縮や子宮頚部を拡張させることによって、早産や低体重児出産を引き起こすのではないかと考えられている。この状態にさらに喫煙が加わると、ニコチン、一酸化炭素などの影響によって胎盤が機能低下や低酸素状態となり、流早産や胎盤早期剥離など、母子の生死にも関わる重大な異常が引き起される危険性が高まる。したがって、産婦人科併設歯科である当院では、特に妊婦の歯周病治療と禁煙支援に力をいれて取り組んでいるのである。
|
5) |
ハロー歯科での取り組み実践編 |
|
「精神的に不安定となりやすい妊産婦にショッキングでネガティブな内容が多い喫煙の害について伝えることが良いのか?」、「禁煙補助薬は妊婦や授乳中は使用禁忌であり、薬を使わずに禁煙支援がスムーズにできるのだろうか?」、「歯科では限界があるのでは?」などと、妊婦の禁煙支援を始めるに際しては多くの不安があった。しかし、7割以上の妊婦は胎児のことを思い、自らの意志で禁煙している。また、つわりによってタバコを受け付けなくなり、自然に禁煙できる妊娠も多い。妊娠期は皆が良い親になろうと努力し、赤ちゃんのことを考えた生活をするようになる。健康に対するモチベーションが非常に高まる時期でもあり、妊娠・出産は禁煙のビッグチャンスといえる。
歯科の診療システムにおいては、診療や定期健診時に個別で継続支援ができるメリットがあるので、特に「妊娠を機に禁煙した人が喫煙を再開しないこと」を目標に禁煙支援をスタートさせた。これまでに、妊産婦に対するアンケート調査、禁煙支援用の問診票の作成、スタッフの勉強会、啓発用ポスター作成などに取り組んできた。
アンケート結果では、妊娠前にすでにタバコをやめていた人は63%で、妊娠がわかってからやめていた人は37%だった。出産後に禁煙が続くかどうか聞いたところ、「たぶん吸わない」78%、「もしかしたら吸ってしまうかもしれない」が22%との回答だった。この「もしかしたら吸ってしまうかもしれない」人をカウンセリングしてみると、タバコの害についてよく理解していない方が多いことがわかった。禁煙に成功した妊婦が出産後に喫煙を再開しないようにするためには、タバコの害について正しい情報を伝えることと、継続的に支援できる環境をつくることが重要であると考え、歯科の定期健診を利用して継続的にサポートしている。
産婦人科で開催される出産準備クラスや育児支援クラスなどで、歯科講演を通じて情報提供もしているが、タバコのネガティブな面ばかりを強調するのではなく、「禁煙することでこんなにいいことがある」というポジティブな面も伝えることを心がけている。禁煙に成功した人の感想も具体的で説得力があり、待合などに掲示するのも有効である。
無関心期の人は難しく、信頼関係が確立しないままでいくら禁煙を勧めても行動変容には繋がりにくい。まずは歯科診療や定期健診において何でも話ができるような信頼関係を築くことが大切であり、関心を引き出すまでは禁煙外来のことなどをサラリと紹介するぐらいとしている。
これからの活動としては、@喫煙妊産婦に加え、非喫煙者の妊婦で家族に喫煙者がいるで場合は、家族も対象として禁煙支援や健康教育をおこなう。A禁煙支援、健康教育、育児支援の場として、歯科定期健診の継続とさらなる充実を図る。B小児歯科の子どもと保護者を対象に、タバコの害について子ども向けのポスターで啓発する。C禁煙希望者への確実な禁煙支援システム作り(併設する内科クリニックで禁煙外来がスタートした)などを行い、禁煙支援の輪を広げていきたいと思う。 |