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頭を切らずに治す-脳血管内治療-

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健康チェック

福山市医師会が毎月お届けする、あなたの健康チェックのためのコラムです。


NO34
2001年4月号
頭を切らずに治す
-脳血管内治療-

福山市医師会
後藤 勝彌
(脳血管内外科)


◆A. 脳血管内治療は近代医療のもっとも輝かしい成果のひとつ

 どのような病気も切らずに、短期間で、少ない費用で、完全に治し、早く社会復帰したいというのは人類共通の願いです。昔、「ミクロの決死圏」というSF映画があったのをご存知の方もいらっしゃることと思います。そのストーリーは脳卒中になった、国の宝のような大事な科学者を救うためにまず医師や技師のチームが物をミクロ化するライトを浴びてばい菌のように小さくなって血管の中に入り、動脈のなかを航海して脳血管の病気のところまでたどり着き、病気を血管の中から修復するというものでした。このような夢物語が現実のものとなって来ました。ただし、方法は現実的には直径1㎜足らずの細いチューブ(マイクロカテーテルと言います)を大腿動脈(ふとももに手を置くと拍動を触れる大きな動脈です)から入れてX線透視装置で見ながら腹部大動脈から胸部大動脈へ進め、血管撮影の装置で作った脳動脈のロードマップをなぞりながら首を通って頭の中まで進め、さらに病変にまで到達させて動脈の中から治療を行います。

◆B. 脳血管内治療で治療出来る代表的な病気

  1. 脳の動脈瘤
     脳の動脈瘤が引き起こす病気で一般に最も良く知られているのはくも膜下出血でしょう。これは動脈瘤が破裂して脳の表面に広く出血するものですが、一旦出血すると患者さんの半数以上は命を落とすことになる恐ろしい病気です。現在、脳の動脈瘤治療法のスタンダードとなっているのは、頭蓋骨を切り開いて、動脈瘤に覆い被さっている脳をへらで押しのけて動脈瘤を剥離し、動脈瘤の首のところを金属のクリップで挟んで治療するもの(開頭手術)です。うまくクリップがかかればその瞬間から動脈瘤は破れる恐れがなくなるのが特徴の、長い歴史のある技術的に確立された治療法と言えましょう。一方、動脈瘤の血管内治療は、動脈瘤の出来ている場所ゆえアプローチ困難またはリスクが大きい場合や、心疾患をはじめとする余病があったり、高齢で開頭手術のリスクが大きいなど開頭手術困難か不可能なケースを救済するために1980年代なかばから研究、開発されてきた治療法です。この治療法は1990年代の初めにGDCという柔らかなプラチナ製のコイルが開発されてから飛躍的に発展しました。さきに述べたマイクロカテーテルの先端を動脈瘤の中にまで進めて、GDCで動脈瘤を詰めて治療します。それではこの治療を受けるメリットは何でしょうか。まず第1に低侵襲ということがあげられます。それは血管の中から治療するため、病変部を切り開かずに治療出来るので、患者さんの心身の負担が少ないということです。第2に血管内治療の場合にはアプローチ困難ということがないことです。開頭手術と血管内治療を高いレベルで行える病院でこそ患者さんはそれぞれの治療の利害得失の十分な説明を受け、自分に最も適した治療を選ぶことが出来ます。
  2. 脳血管形成術
     社会の高齢化にともなって脳卒中のなかでも脳梗塞が増えてきています。その多くは脳の動脈が動脈硬化をおこして細くなり、十分な血液を送れなくなったためです。このような病気を治療するために、細くなったところの先端に風船のついたカテーテルを入れて膨らませたり、金属の筒を留置して動脈を広げ、十分な血液の流れを回復させる血管形成術が近年めざましい進歩を遂げてきました。元来、高齢者や心臓病などの余病があって手術に耐え得ない患者さんのために開発されたものでしたが、安全性と有効性が確立されて来ましたので、近い将来、外科手術にとって代わる強力な治療法になるでしょう。
  3. 血栓融解術
     中高年の心臓病の患者さんでは心臓のなかに生じた血の塊が脳の動脈に飛んで脳卒中を起こすことがよくあります。これは一刻を争って治療しなければ重い後遺症を残したり、命を失ったりする危険な病気です。アメリカではこのことを強調するため「時は金なり」ならぬ"Time is brain."というキャンペーンが張られています。脳血管内治療の出来る病院に3時間以内に行けば、脳の動脈に詰まった血の塊のところまでマイクロカテーテルを進めて血の塊を溶かす薬を注射し、血液の流れを回復させることが出来ます。タイムリーにこのような治療が行われれば、麻痺や失語症が劇的に回復することが稀ではありません。

◆C. まとめ
 まだ皆様にはなじみのない「脳血管内治療」の概略を述べました。そしてそれが脳卒中治療の切り札の一つに数えられるようになった訳も理解していただけたかと思います。
 このように治療法も目覚しく進歩してきましたので、40歳をすぎたら、脳ドックで脳と血管を調べて動脈瘤や、ほそくなった動脈を見つけて治療し、脳卒中を未然に防ごうという運動が盛んになってきています。身内に脳卒中が多発している人、多くのストレスに晒されている人、生活習慣病のある人は真剣に考える必要があります。


商工ふくやま2001年4月号掲載