〜Topics 〜 敗血症

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敗血症(sepsis)は「隠れた殺し屋」ともいわれ、日常遭遇することが多い、死亡率30%に達する病態(疾病ではありません)をいいます。世界では数秒に一人の割合で敗血症により亡くなる人がいます。2020年には、WHOより敗血症に関するはじめての世界的な報告書が発表され、敗血症は「世界が取り組むべき課題」に設定されました。
敗血症は、あらゆる感染症に続いて起こりうる病態です。敗血症をより早期に察知するためには、医療従事者だけでなく、一般国民も敗血症に対する認識をもっておく必要があります。
ここでは、成人における敗血症および敗血症性ショックについて解説します
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■敗血症とは?
敗血症のおもな原因は感染症です。感染症の原因となる微生物は、細菌、ウイルス、寄生虫、真菌(カビ)と多岐にわたりますが、新型コロナウイルスもその一つです。感染症にかかると免疫機構が働き、わたしたちの身体を守ってくれます。しかし、感染症が重症化すると、この免疫機構が正常に働かなくなり、感染症による炎症反応により臓器障害などの重篤な病態に陥ることがあります。このように、「感染症に臓器障害がともなった病態」を敗血症といいます(図1)。典型的な症状としては、発熱、筋力低下、心拍数の上昇、呼吸数の増加、白血球数の増加などがあります。こうした炎症反応は心臓、腎臓、肺などの多くの重要な臓器に影響を与え、機能の低下をきたします。

■敗血症性ショックとは?
敗血症により血圧が危険なレベルまで低下し、ショック状態に陥った状態を敗血症性ショック(septic shock)といいます。敗血症の重症化により循環障害、細胞障害、代謝異常をきたし、その結果、臓器に十分な血液が供給されなくなり機能不全に陥ります。敗血症性ショックは生命を脅かす極めて危険な病態で、死亡率もさらに高くなります。敗血症や敗血症性ショックは、高齢者をはじめ、新生児、妊婦に多く起こるとされています。

■菌血症と敗血症
通常は血液の中には細菌などの微生物はいません。菌血症は、激しい歯磨きなどの日常的な行為、手術などで尿道や血管内にカテーテルを挿入している状態あるいは歯科、消化器、泌尿生殖器、創傷などに対して医学的な処置が行われた場合、少量の細菌が一過性に血液中に侵入することがあります。このように血液の中に細菌が存在する状態を菌血症といいます。侵入した細菌は免疫機構により排除され無症状で経過しますが、ときに発熱の原因となることもあります。しかし、菌血症をともなう感染症は重篤であることが多く、結果として敗血症になる確率が高くなります。菌血症は敗血症と混同して理解されていることがありますが、"菌血症"="敗血症"ではありません。

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■わが国における敗血症の現況
2021年、日本敗血症連盟の研究グループにより、わが国でははじめてとなる敗血症の患者数や死亡数についての詳細な成績が示されました(図2)。これは、2010年から2017年の8年間にわたる5,000万人のデータを解析したものです。これによると、年間の入院患者の全体に占める敗血症患者の割合は、2010年の約3%から2017年は約5%に増加し、同様に、年間の入院患者1,000人当たりの敗血症の死亡者数も、6.5人から8人に増加しています。また、敗血症による死亡者数は、2017年には2010年比2.3倍に増加していますが、死亡率は、2010年約25%から2017年約18%と減少傾向を示しています。このように、わが国における敗血症患者の死亡率は減少傾向にある一方、患者数や死亡者数は増加する兆しがみられ、これは欧米の成績に比べて高く、この原因の一つに高齢化を挙げています。高齢者の敗血症は予後不良とされるなかで、超高齢化という大きな社会問題を抱えるわが国においては、敗血症の患者数は今後も増加することが懸念されます。

■敗血症と社会的要因
敗血症は、高齢者の病気ともいわれます。高齢者は軽度の侵襲をきっかけに致命的な病態に移行し、免疫機能が脆弱化することで悪化します。特に基礎疾患をもつ高齢者では,局所の感染が全身におよび敗血症に陥りやすく、重症敗血症患者の約7割は65歳以上が占めています。3か月の生存率は、18〜64歳で59%、65 歳以上では9%と有意に低くなります。また、高齢者は特徴的な症状を示すことが少なく、特に、敗血症を疑うきっかけとなる体温の上昇がみられないなど、臨床像がはっきりしないことが多く、突然悪化して重症敗血症や敗血症性ショックに陥るケースが多くみられます。加齢は、敗血症患者の死亡の直接的な危険因子ですが、病態を速やかに察知することでその多くは救命することができます。高齢の敗血症患者では感染や炎症が長引き重症化しやすいため,迅速かつ正確な敗血症診断と専門領域を超えたチーム医療での対応が望まれています。

■敗血症と後遺症
ICU(集中治療室)に在室中(治療中)、退出後あるいは退院後に発症する後遺症として、集中治療後症候群(Post Intensive Care Syndrome:PICS)が知られています。重症敗血症は、死亡率が高いことからICUでの治療が必須とされ、PICSを発症する確立が極めて高くなります。PICSのおもな症状として、ICUでさまざまな治療が行われた結果生じる筋肉痛などの身体障害、記憶や認知機能の障害、うつや不安などの精神障害があります。PICS の要因としては、①患者の疾患および重症度、②医療・ケア介入、③ICU環境(アラーム音、光)、④患者の精神的要因(種々のストレス、自分の疾患や経済面、家族への不安)の4つに大きく分類されます。これらが複雑に絡み合い、PICSの発症にかかわっているとされています。さらに、PICSは患者本人だけでなく、家族にも影響、発症することがあり、Post Intensive Care Syndrome Family:PICS-Fとよばれています。PICS-Fには、不安障害、うつ病、急性ストレス反応、睡眠障害、心的外傷後ストレス障害(Post Traumatic Stress Disorder:PTSD)などがあります。患者が死亡した場合、家族は喪失感に苛まれ、長期間にわたって悲しみに苦しむことになります。最近では、ICU入室後に急性に発症する左右対称性に四肢筋力が低下する症候群(ICU-acquired weakness:ICU-AW)が注目されています。
ICUでの治療を必要とする敗血症診療においては、その治療を最終目標とするのではなく、患者本人やその家族を含め、ICU入室後の早期から適切なリハビリテーションによりQOLを確保するための支援が重要とされています。敗血症対策は、「予防」、「早期発見」、「感染症治療」、「全身管理」、「リハビリテーション」の5つを柱に、医療従事者だけでなく、一般国民、行政の認知度を高めるなど、感染予防を含め広範囲な取り組みが必要となります。

■感染症の予防
敗血症を予防するためには感染症にかからないよう心がけることです。感染症を予防するためには、手洗いの励行、ワクチンの接種、そして何より大切なことは、日頃から感染予防を意識した行動をとることです。

■敗血症の啓発活動
敗血症の患者を素早く察知し、手遅れになる前に速やかに的確な治療を行うことで、敗血症による死亡を減らすことができます。このためのさまざまな啓発活動が国内外で展開されています。わが国では、日本集中治療医学会などが中心となる日本敗血症連盟(Global Sepsis Alliance Japan)が、敗血症対策に医療情報サイト「敗血症ドットコム」(xn--ucvv97al2n.com/steps.html)を開設し、前述の5つの柱をシンボルマークに啓発活動を行っています。また、肺炎、下痢、膀胱炎、傷の化膿などの身近な感染症を発端として、表1のような症状が出現した場合は敗血症を疑い、すみやかに受診することをすすめています。英国では、敗血症を疑う6つのサイン(Sepsis six)をもとに受診をうながす施策が講じられています(表2)。また、70か国以上が加盟する全世界敗血症同盟(www.nh.org.au/world-sepsis-day.org/)により、毎年9月13日は世界敗血症デー(World Sepsis Day:WSD)と定められ、世界中で敗血症に関するさまざまなイベントが開催されています。敗血症は医療従事者だけでなく一般国民の理解も必要な病態として、悪性腫瘍や糖尿病と同様に国際的に取り組むべき課題であることが強調されています。

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敗血症は誰もがかかる可能性がある「重症感染症と生命を脅かす重症臓器障害」です。感染症の予防と早期発見が大切です。


参考資料

  • GLOBAL REPORT ON THE EPIDEMIOLOGY AND BURDEN OF SEPSIS_WHO, 2020.
  • Levy M M. SCCM/ESICM/AC CP/ATS/SIS international sepsis definitions conference. Crit Care Med 31: 1250-1256. DOI. 01.CCM.0000050454.01978.3B.
  • Singer M.et.al. The Third International Consensus Definitions for Sepsis and Septic Shock (Sepsis-3). JAMA 315:801-810, 2016. DOI. 10.1001/jama.2016_1001/jama.2016.0287.
  • 2021_Intensive Care Med 2:1-67_DOI. 10.1007/s00134-021-06506-y.pdf. DOI: 10.1007/s00134-021-06506-y.
  • Imaeda T. et al. Trends in the incidence and outcome of sepsis using data from a Japanese nationwide medical claims database-the Japan Sepsis Alliance(JaSA)study group. Crit Care 25:338. 2021.DOI. 10.1186/s13054-021-03762-8.
  • Daniels R.et.al. The sepsis six and the severe sepsis resuscitation bundle/a prospective observational cohort study. Emerg Med J 28: 507-512, 2011.
  • 日本版敗血症診療ガイドライン2020(J-SSCG2020)日本集中治療学会, 日集中医誌28,Sup, 2021.
  • 井上 茂亮 他.高齢敗血症患者における炎症と免疫抑制の病態生理_日救急医会誌. 2015_26_173-82.
  • 第52回日本老年医学会学術集会記録「5.高齢者敗血症」
  • https://xn--ucvv97al2n.com/
  • World Sepsis Day: https://www.worldsepsisday.org
  • Grobal Sepsis Alliance Japan. http://敗血症.com/gsa.html