〜Topics 〜 動物由来感染症

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■動物由来感染症とは?
感染症は、さまざまな微生物がわたしたちに感染することで起こりますが、犬や猫などの身近な動物から感染することもあります。
「動物由来感染症(ズーノーシス:Zoonosis)」とは、動物がもっている微生物が人に感染することで起こる病気(感染症)の総称です。同じような言葉に「人畜共通感染症」、「人獣共通感染症」などがありますが、厚生労働省では、公衆衛生の立場で、動物から人への感染に対して人の健康と安全を守るという視点から、「動物由来感染症」という言葉が用いられています。WHO(世界保健機構)では、動物由来感染症は、「人と人以外の脊椎動物の間で自然に伝染する病気または感染症」と定義されています。動物由来感染症は、人も動物も重症となるもの、動物は無症状でも、人が感染すると重症になるもの、人は軽症でも動物は重症となるものなど、病原体によりさまざまです。

■動物由来感染症はどのように感染(伝播)する?
動物の種類を生活環境の違いから分類した場合、その種類と感染症との間には、いくつかの関連がみられます(表1)。例えば、わたしたちに身近な存在の犬や猫、家きん類については、人に関連する感染症の実態がある程度解明されています。一方、野生動物などはどのような病原体をもっているか未知の部分が多く、人に感染すると重症となる病原体をもっている可能性があります。病源体が人にうつることを感染あるいは伝播といいます。動物由来感染症は、感染源となる動物から直接感染する場合(直接伝播)と、ダニやノミなどのベクター、水などの環境、あるいは食品などを介して感染する場合(間接伝播)との二つに分けることができます(表2)。動物由来感染症の原因となる病原体には、電子顕微鏡を用いなければみることのできないウイルスのような微小なものをはじめ、細菌、真菌、リケッチア、寄生虫など種々の微生物があります。わたしたちの周りには感染源となる動物がたくさんいますが、特に、生活環境で身近な存在にある犬、猫、トリから人に感染するおもな動物由来感染症を表3に、犬、猫の症状(様子)から考えられる動物由来感染症を図1に示します。

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■薬剤耐性と動物由来感染症との関係は?
細菌感染症で使用される抗菌薬が効かなくなった菌のことを薬剤耐性菌といいます。抗菌薬を飲んだ場合、よく効く菌は死滅しますが、効かない菌、すなわち薬剤耐性菌は生き残り増殖を続け、しばしば治療に影響することがあります。薬剤耐性菌は、処方された抗菌薬の飲み方をきちっと守らないことで出現しますが、この現象は動物でも起こります。動物病院で処方された抗菌薬は、処方どおり最後まで飲ませることが大切です。動物で耐性になった菌は、人との間で容易に水平感染(伝播)します。

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■動物由来感染症を予防するためには?
一部の動物感染症はワクチンで予防できるものもありますが、動物由来感染症に感染しないために、また、薬剤耐性菌をペットから人、人からペットへ拡げないために、日頃から以下の点に注意しましょう(特に「」が重要です
☆ 動物に触ったら手を洗いましょう
☆ 動物との過剰な触れ合いはやめましょう
☆ 動物の身の回りは清潔にしましょう

● 野生動物の飼育、野外での接触は避けましょう
● 生肉を与えることは避けましょう、与える場合はしっかり加熱しましょう
● 糞尿はすみやかに処理しましょう
● 家の中で鳥を飼育する場合は、換気に心がけましょう
● 砂場や公園で遊んだ後は手を洗いましょう

■新型コロナウイルス感染症も動物由来感染症?
世界で猛威をふるう新型コロナウイルス感染症は、現在のところ、ウイルスを保有している動物等、詳細はわかっていません。しかし、2002年に流行したSARS(重症急性呼吸器症候群)コロナウイルスはコウモリからハクビシンに感染し、それが人に感染したといわれています。また、2012年に流行したMERS(中東呼吸器症候群)コロナウイルスは、コウモリからヒトコブラクダを介し、人に感染したと考えられています。新型コロナウイルスは、これらのウイルスと遺伝情報が非常によく似ていることから、コウモリが起源である可能性が示唆されています。また、風邪の原因となるコロナウイルスも、犬、ブタ、コウモリなどの動物に由来することがわかっています。人が感染し病気を発症するウイルスは、動物界からのものが多いとされ、今後も新型コロナウイルスのような新たなウイルスが出現する可能性が危惧されています。

■注目される動物由来感染症は?
【コリネバクテリウム・ウルセランス感染症】
コリネバクテリウム・ウルセランス(Corynebacterium ulcerans)を原因とする細菌感染症です。ジフテリア菌の仲間に分類され、ジフテリア毒素を産生し、ジフテリアとよく似た症状を引き起こすことがあります。人のほか、犬、猫、牛などさまざまな動物に感染します。最近、この菌に感染した犬や猫から人への感染例が国内外で確認されています。2001年のわが国最初の症例をはじめとし、約20例が報告され、2016年には死亡例も発生しています。2008年、わが国で初めてコリネバクテリウム・ウルセランスを保菌する無症状の犬が確認されました。一方、猫からは頻繁に検出され、海外においても、さまざまな動物での検出例が数多く報告されています。
おもに、感染した犬や猫と接することで感染します。動物がこの菌に感染すると、くしゃみや鼻汁など風邪に似た症状や皮膚病を起こすことがあり、くしゃみのしぶきなど飛沫を吸い込むことで感染します。確かな潜伏期は不明とされていますが、おおよそ2〜5日の潜伏期を経て、風邪に似た症状で発症、その後、のどの痛みや咳が出ます。ジフテリアと同様、のどに偽膜とよばれる白い膜ができることがあり、呼吸困難など重い症状を示すこともあります。また、リンパ節が腫れたり、皮膚に炎症がみられることもあります。
【カプノサイトファーガ感染症】
カプノサイトファーガ・カニモサス(Capnocytephaga canimorsus)、カプノサイトファーガ・カニス(C. canis)、カプノサイトファーガ・サイノデグミ(C. cynodegmi)を原因とする感染症です。犬や猫の口の中にいる常在菌であり、ほとんどの犬や猫がもっています。おもに犬や猫に咬まれたり、引っ掻かれたりして感染します。傷口をなめられることによる皮膚軟部組織の感染症を起こすこともあります。人から人への感染の報告はありません。ほとんどの犬や猫がもっていますので、ペットとして飼われている犬や猫からの感染も報告されています。なお、動物に咬まれた数に対し、報告されている患者数が非常に少ないことから、診断にいたらなかった患者がいるとしても、感染してもまれにしか発症しないと考えられています。
潜伏期は1~14日(多くは1~5日)、発熱、倦怠感、腹痛、吐き気、頭痛などで発症します。重症例では敗血症を起こすことが多く、敗血症性ショックや多臓器不全に進行して死亡する場合があり、致死率は約30%とされています。敗血症以外では、髄膜炎を起こすことが知られています。重症例はなんらかの基礎疾患がある場合に多くみられています。
【パスツレラ症】
パスツレラ・ムルトシダ(Pasteurella multocida)やパスツレラ・カニス(Pasteurella canis)による感染症です。犬の75%、猫のほぼ100%が口の中にもっています。咬まれたり引っ掻かれることで感染します。猫に咬まれた場合は傷口が深く、骨髄炎に注意が必要とされています。また、気管支拡張症や結核などの基礎疾患がある人の飛沫感染による肺炎などの呼吸器感染症は、パスツレラ症の約60%を占めるとされています。
咬まれた場合の潜伏期は、カプノサイトファーガに比べやや短く、数時間から2日以内に現れる皮膚局所の腫脹や疼痛が特徴とされています。患部の悪臭をともない、まれに壊死性の筋膜炎にいたる場合もあります。
【猫ひっかき病(バルトネラ症)】
バルトネラ・ヘンセラエ(Bartonella henselae)による皮膚感染症です。おもに、猫に咬まれたり引っ掻かれることで感染しますが、ネコノミや犬からも感染することもあります。飼い猫の保菌率は10数%ですが、子猫や室内飼育では危険度は高くなります。ノミの活動時期にあわせ、秋に多く発生します。
数日〜2週間の潜伏期の後、受傷した部位の発赤や丘疹がみられ、さらに1〜2週間後にリンパ節の痛みをともなう腫れが数週間から数か月間持続します。通常は自然治癒しますが、肝臓や脾臓への播種、脳症、心内膜炎などを生じることもあるとされています。

■世界とわが国の動物由来感染症はどこが違う?
世界では、これまで知られていなかった新しい感染症が次々と出現していますが、その多くは動物由来感染症です。現在までに200以上の動物由来感染症が知られています。なかには、感染力が強いものの、治療法が確立されていないものもあります。世界には多くの動物由来感染症がありますが、そのすべてがわが国に存在するわけではありません。わが国は他国に比べ、例外的に動物由来感染症が少ない国とされています。その理由として以下の3つのことが考えられています。

  • 地理的要因
    わが国は温帯地域に位置しているため、熱帯・亜熱帯に多いとされる動物由来感染症がほとんどみられず、また、島国であるため周囲からの侵入が限られています。こうした地理的要因が動物由来感染症が少ない理由と考えられています。
  • 家畜の衛生対策の徹底
    わが国では、獣医学領域を中心に家畜の衛生対策、狂犬病の予防が徹底されているため、家畜や犬を感染源とする動物由来感染症のなかには、わが国ではみられなくなったものも多くあります。
  • 衛生観念が強い国民性
    日本人は日常的に衛生観念が高いことと関係しているとの考えもあります。

■法律と動物由来感染症の関係は?
わが国では、感染症を取り巻く状況の変化に対応するため、1999年4月1日から「感染症法(正式名称:感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律)」が施行され、感染症予防のためのさまざまな施策と患者の人権への配慮を調和させた感染症対策がとられています。感染症法では病源体の感染力や重症度により1~5類感染症に分類され、感染症の発生を早期に把握するためのそれぞれの類型に応じた措置が決められています。動物由来感染症においても、診断した医師は保健所への届け出が義務付けられ、一部の感染症(結核、鳥インフルエンザ、SARSなど)については、感染あるいは発症した動物を診断した獣医師にも同様の義務が課せられています。

■おわりに
人や動物を含むものの国境を超えた国際的な移動、土地開発による自然環境の破壊、動物の乱獲、戦争、高齢者の増加、野生動物のペット化を背景として、未知の感染症(新興感染症)が発生したり、忘れられていた感染症が再びその勢いを取り戻したりしています(再興感染症)。新型コロナウイルスなどの指定感染症の多くは動物由来であり、近年にみられる新興感染症の4分の3は動物由来といわれています。動物は、人に感染すると危険な細菌やウイルスをたくさんもっています。わたしたちは、多くの微生物と共存して生活している事実を忘れず、常に感染症対策を意識した行動をこころがけることが大切です。


【参考資料】

  • 動物由来感染症 ハンドブック2021,厚生労働省.
  • 動物由来感染症を知っていますか? 厚生労働省.
  • 国立感染症研究所 人畜共通感染症,https://www.niid.go.jp/niid/ja/route/vertebrata.html
  • 感染症法,厚生労働省.
  • 人と動物の共通感染症に関するガイドライン,2007,環境省.
  • 京大 おどろきのウイルス学講義,宮沢孝之著,PHP新書,2021.
  • Otsuji K, Fukuda K, Endo T, Shimizu S, Harayama N, Ogawa M, et al. The first fatal case of Corynebacterium ulcerans infection in Japan. JMM Case Rep. 2017; 4(8): e005106_doi: 10.1099/jmmcr.0.005106.
  • Katsukawa C, Kawahara R, Inoue K, Ishii A, Yamagishi H, Kida K, et al. Toxigenic Corynebacterium ulcerans Isolated from the domestic dog for the first time in Japan. Jpn J Infect Dis. 2009; 62(2): 171-172_PMID:19305066.
  • https://www.who.int/news-room/fact-sheets/detail/zoonoses
  • コリネバクテリウム・ウルセランスに関するQ&A,厚生労働省
  • カプノサイトファーガ感染症に関するQ&A,厚生労働省
  • 最新・感染症診療:内科臨床誌 medicina Vol58, No.5, 2021.